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京都地方裁判所 昭和60年(ワ)2368号 判決

原告

長谷川幸雄

被告

右代表者法務大臣

鈴木省吾

右指定代理人

田中晃

外三名

主文

一  原告の請求を棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一  申立

一  原告

1  被告は原告に対し、金二〇万円及びこれに対する昭和六〇年一〇月三〇日から完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

3  仮執行宣言

二  被告

1  主文同旨

2  予備的担保を条件とする仮執行免脱宣言

第二  主張

一  請求原因

1  原告は、昭和六〇年五月二五日、京都地方検察庁検察官により京都地方裁判所へ住居侵入罪で起訴され、京都拘置所に拘禁された。

2  憲法上保障されるべき基本的人権が、もとより憲法の明文で定められたものに限定されるものでないことは、同法一三条の規定からも窺いうるところである。刑事被告人の拘置所における地位についても、憲法上に直接の規定はないが、国民の一員として生命、自由及び幸福追及に対する権利は、公共の福祉に反しない限り、立法その他の国政上、最大の尊重を必要とされることはいうまでもない。殊に、刑事被告人は、有罪の判決が確定するまで無罪の推定を受けるのであるから、勾留の目的や拘禁及び戒護に伴う必然的な自由の制限も、できる限り最小限度にとどめなければならないことは周知のとおりである。したがつて、原告に対する自由の制限は、拘置所内における逃走、暴行、自他殺傷の防止、規律及び秩序維持のための必要最小限度でなければならない。

ところが、公権力の行使に当る京都拘置所の職員が拘禁作用の一環として原告に対してなした次の措置は、人権制限の必要最小限度の域を超えた違法なものであるところ、同職員は、かかる違法な結果の発生を認識しながら、若くは当然認識すべきであるのにその注意義務を欠いたものというべきである。

(一) はがきの発信不許可処分

原告は、所定の手続を経て雑誌「ザ・ベスト」特別編集盛夏号の交付を受け、昭和六〇年八月七日朝、同雑誌の領置願をして認められ、特別保管に付して貰つた。そして、原告は、同雑誌の裏表紙に印刷されていたアートRONの資料請求券(幅八ミリメートル、長さ一〇ミリメートル四方)を切り抜き、これをアートネイチャー京都本社宛官製はがきの裏面に貼付し、前同日午前一一時頃、所定の発送願の手続をした。なお、原告は、右の手続の際に拘置所長安部幸雄(以下「拘置所長」という。)に対し、願箋により右資料請求券の切り抜きとはがきへの貼付を同時に願い出た。

(二) ところが、拘置所長は、部下職員を通じて、①雑誌は読む目的で購入するもので、資料請求券の如きシールを切り抜くためのものではない、②雑誌は読んだら廃棄するのが原則なので、シールを切り抜くことは放棄している(シールの所有権がない)ことを理由として、右はがきの発信をして原告が雑誌等の廃棄に関する部分だけの撤回であると説明していたところ、突然に上野保安課長が面接に割り込んで来て、「資料請求券貼付の発信不許可については問題外。誓約書(交付願)は削除・抹消の点と廃棄を原則とする点を一枚の用紙に書いてあるので、別々にすることはできない。誓約書の署名・指印を撤回すれば二点ともすることになる。」旨を告げ、原告の説明を拒否した。更に、当日午後四時三〇分頃、上野保安課長の代理である今井看守部長が原告に対し、「新聞・雑誌の購入しているものはどうするつもりか。購入の中止や契約解除を願い出るのか。」と尋ねるので、原告は、要するに「従来どおり読みたいが、不許可とするのなら当局がしかるべく処置をすべきだ。そのために権利侵害が惹起した場合には、私の方で解決方法を考える。」と答えた。なお、原告は、右面接時の原告の意見が正確に拘置所長に報告されてないと考え、翌九日午前八時三〇分頃、その点を了解願なる書面にして提出した。

ところが、拘置所長は、同日午前一〇時五〇分頃、田中警備課長を通じて原告に対し、「新聞購入の契約を一五日までしていたが、今日より解除にし読まさない。昨日の夕刊は領置する。この告知は撤回願に対するものだ。」と新聞の購入・閲読禁止処分及び右夕刊の領置処分の告知をした。

しかしながら、原告は、厳密には新聞の廃棄承諾の意思表示を撤回していないのであるから、領置はもとよりその購入・閲読禁止処分をなすべき前提要件が欠けており、違法な処分である。仮に、この主張が認められないとしても、新聞の廃棄承諾の意思表示を撤回したからといつて、新聞の交付を禁止すべき法的根拠はなく、人的・物的施設の管理運営にとつて必要不可欠との論にも合理性がない。しかも、右の領置及び禁止処分が拘置所内における自由の制限の必要最小限度の域を超えるものとして、違法であることはいうまでもない。

のみならず、右の禁止処分は、原告に対する告知によつて効力を生ずるところ、その効力発生以前の同月八日夕刊及び翌九日朝刊を領置して、原告に配布・閲読をさせなかつたのも違法というべきである。

(三) 雑誌の閲読禁止処分

原告が前同月九日朝、雑誌「婦人公論」の購入願を提出したところ、今井看守部長が原告に対し、「今朝の雑誌購入の申込みも、昨夕のとおり役所の方でしかるべき措置をすべきというか。」と尋ねるので、原告は「そのとおりです。」と答えた。

ところが、拘置所長は、同月一二日午前八時三〇分頃、前田主任看守を通じて原告に対し、「月刊誌や週刊誌の購入はさすが、閲読をさせないので領置する。それでよければ購入申込をすればよい。」と雑誌の閲読禁止処分の告知をした。

これが違法であることは、すでに主張した点から明白というべきである。

以上によれば、被告は、右行為により原告が被つた損害を賠償すべき責任がある。

3  そこで、原告が被つた損害は、次のとおりである。

(一) 原告は、はがきの発信不許可処分について、他の施設では許可されていることを熟知しているだけに、失望及び不信感にさいなまれ、その精神的苦痛には金銭に代え難いものがあるが、敢えて金銭的に評価すれば慰藉料額は一万円を下ることはない。

(二) 昭和六〇年八月九日から翌六一年二月四日までの間の新聞の購入・閲読禁止処分、昭和六〇年八月八日夕刊の領置により、原告に生じた精神的損害を金銭に換算すると、その慰藉料額は一二万円を下ることはない。

(三) 昭和六〇年八月一二日から翌六一年二月四日までの間の雑誌閲読禁止処分により、原告に生じた精神的苦痛を慰藉する額は七万円を下らない。

4  よつて、原告は被告に対し、損害金二〇万円及びこれに対する昭和六〇年一〇月三〇日から完済に至るまで、民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  答弁

1  請求原因1の事実は認める。

2  同2の(一)のうち、原告の願い出までの事実は、雑誌「ザ・ベスト」が特別保管に付されたとの点を否認し、その余は認める。この願い出に対する拘置所長の対応とその根拠は後記のとおりであり、この点の原告の主張は争う。

同2の(二)のうち、原告が入所時に主張の内容を記載した交付願を提出したこと、ところが、原告が拘置所長に対し、昭和六〇年八月八日、その主張の趣旨の願箋を提出したこと、田中指導課長及び上野保安課長が原告と面接したことがあること、原告からその主張の日に了解願なる書面が提出されたことは認めるが、その経緯及び拘置所長の対応とその根拠は後記のとおりで、この点の原告の主張は争う。

同2の(三)のうち、原告が主張の日に雑誌「婦人公論」の購入申込みをしたことは認めるが、拘置所長の対応等は後記のとおりで、この点の原告の主張は争う。

3  同3の原告の損害に関する主張は争う。

三  被告の主張

1  原告に対する処遇の経過

(一) 原告は、昭和六〇年五月三一日、京都拘置所に入所した際、雑誌、新聞紙の交付に関し閲読に支障があると認められる部分の抹消又は切り取り、切り取り部分及び閲読後の雑誌、新聞紙の廃棄について同意した上、雑誌及び新聞紙の閲読を希望する旨の「交付願」を任意に提出した。これを前提として、拘置所長は原告に対し、雑誌については、同年七月五日に「ザ・ベスト」八月号を、同月二五日に「ザ・ベスト」特別編集盛夏号をそれぞれ所定の手続を経て交付し、新聞についても、所定の手続を経て同年八月三日から交付してきたところ、原告は、同月七日午前一一時一〇分頃、アートネイチャー京都本社宛に資料を請求するためとして、右雑誌「ザ・ベスト」特別編集盛夏号の裏表紙に印刷されていたアートRONの資料請求券を無断で切り取り、官製はがきに貼付した上、「同請求券切り抜き願」及び「貼付願」なる願箋とともに請求券の発送方を願い出てきた。しかし、拘置所長は、雑誌は閲読のために交付しているものであつて、それ以外の目的のための利用は収容者に閲読させる図書、新聞紙等取扱規程の運用上適当でないと判断し、同日午後四時四五分頃、右願出を認めないこととし、請求券貼付のはがきを返戻した。

(二) そうしたところ、原告は、同月八日午前八時四〇分頃、拘置所長に対し、入所の際に提出した雑誌及び新聞紙の交付願における廃棄同意を撤回する旨の「撤回願」と題する願箋を提出した。しかし、拘置所長は、同日午後二時一〇分頃、原告に対し、廃棄原則の同意がなければ以後の雑誌及び新聞紙は交付できないこととなる旨を説明し、右撤回願を取り下げるよう指導したが、原告がこれに応じなかつたため、やむなく右撤回願を承認した。

(三) そこで、拘置所長は、同日午後四時二〇分頃、原告に対し、廃棄同意を撤回したので改めて廃棄同意の意思を表示した交付願を提出するまでは、同日夕刊紙を含め雑誌、新聞紙の交付はできないことを告知するとともに、このままでは既に新聞販売店に購入予約している翌日以降の新聞紙についても当然交付できないこととなるので、購入を継続するかどうかの意思を確認したところ、原告は、「官の方でしかるべき処置をすべきだ。」と答え、右購入願を撤回し、その事後の措置を拘置所長に委ねる旨の意思を表示した。そこで、拘置所長は、原告の経済的不利益を慮つて、新聞販売店に対し、同月九日以降の新聞紙申込分を取り消し、既に購入していた同月八日付け夕刊については、交付することなく領置したものである。

(四) また、原告は、同月九日、「婦人公論」九月特大号の購入願を提出した。そこで、拘置所長は、たとえ右雑誌を購入しても廃棄原則に対する同意がない以上、右雑誌の交付ができないことから、原告に対し、その旨を説明した上、それでも購入を維持するかどうか意思確認をしたところ、原告は、「官の方でしかるべき処置をすべきだ。」と答えた。

そこで、拘置所長は、右購入願に対する許否の決定をしばらく留保していたが、原告が、同月一二日、「新聞購入、閲読禁止処分ほかの処遇経過を改めよ。」との趣旨を内容とする検討願と題する願箋を提出したので、拘置所長は部下職員をして、「雑誌の購入はさせるが、交付はしない。それでもよいのであれば購入申込みをするように。」との趣旨のことを伝えたところ、原告は、翌一三日、右「婦人公論」の購入願を撤回した。

2  右の各処置の適法かつ正当性

刑事被告人の処遇については、逃走及び罪証隠滅を防止するとともに、その防御権を尊重し、かつ、刑事被告人としての法的地位のもとで施設内における適正な収容生活を確保するものでなければならないが、適正な収容生活を確保するためには、施設拘禁という実態から、法令等に基づき物品の自弁、保健、医療、宗教、書籍の閲読、外部交通等において必要限度の制限が加えられることは、刑事被告人として受忍の域を出るものではない。

(一) 京都拘置所における収容者の新聞、雑誌等の購入、交付閲読手続について

拘置所等における収容者の図書、新聞紙等の閲読については、監獄法三一条一項により、「在監者文書、図画ノ閲読ヲ請フトキハ之ヲ許ス」、同条二項により「文書、図画ノ閲読ニ関スル制限ハ命令ヲ以テ之ヲ定ム」と規定され、これを受けて同法施行規則八六条二項は「文書、図画多数其他ノ事由ニ因リ監獄ノ取扱ニ著シク困難ヲ来タス虞アルトキハ其種類又ハ箇数ヲ制限スルコトヲ得」と規定するほか、その取扱いに関する適正な運用を図るための基準が「収容者に閲読させる図書、新聞紙等取扱規程」(昭和四一、一二、一三矯正甲一三〇七法務大臣訓令)、並びに「収容者に閲読させる図書、新聞紙等取扱規程の運用について」(昭和四一、一二、二〇矯正甲一三三〇矯正局長依命通達)に示されている。

そこで、拘置所長は、右法令、訓令及び通達に従い、収容者に新聞紙、雑誌等を閲読させるに当たつては、それらの閲読を希望する者から、その者の入所に際し、あらかじめ包括的に「交付願」を徴し、これをもつて後に個々的になされる新聞紙又は雑誌等の各購入願に引き続く交付願があつたものとする取扱いをしている。また、それとともに右「交付願」において、閲読に支障がある部分の抹消又は切り取り並びに切り取り部分及び閲読後の新聞紙、雑誌の廃棄原則に対する同意を求めている。そして、拘置所長は、後に収容者から新聞紙あるいは雑誌等の購入願がなされると、その許否を判断、決定し、許可したものについては当該新聞紙等の購入手配を行い、更に、当該新聞紙等が拘置所長の手元に到達した時点において、前述の包括的な交付願に対応し、抹消等の必要性の判断ほか交付の許否を判断、決定した上、許可したものについては、収容者に交付し、不許可としたものについては交付不許可である旨を収容者に告知している。

ところで、京都拘置所において収容者から新聞紙、雑誌についてあらかじめ閲読後の廃棄に対する同意を得る趣旨は、一般的に新聞紙、雑誌は読書後廃棄ないしは殆ど無価値なものとして処理されるのを通例とするものであるが、これらの領置を原則とすることは施設の事務手続上及び限られた領置倉庫の収容能力からも支障を来すからである。なお一応、廃棄を原則としているものの本人の願出により、閲読後の雑誌又は新聞紙で学術、職業技術等に関するものなど領置することが適当と認められる場合には領置し、本人を釈放する際にこれを交付する取扱いとしている(法務大臣訓令一四条、矯正局長依命通達記のハ)。したがつて、拘置所長の前記監獄法令に基づき閲読後の廃棄に同意なき場合は交付しないこととしている取扱いは、限られた人的物的施設の管理運営を行うために必要不可欠のものであつて合理的根拠に基づくものであり、原告に対しても廃棄同意を任意に徴しているものである。

なお、雑誌等の購入については、当該雑誌等ごとに購入願を徴しているが、新聞紙については、毎月一日分から一五日分までの新聞紙の購入願をその前月の二八日に一括して徴し、毎月一六日分から月末分までの新聞紙の購入願をその月の一三日に一括して徴するのを原則としている。

(二) 昭和六〇年八月七日付けの資料請求券切り抜き及び貼付禁止処置について

原告の資料請求券切り抜きの当否についてであるが、監獄法三一条一項の規定は、雑誌等を収容者に交付する目的が閲読のためであることを明定することによつて、収容者が交付を受けた雑誌の一部を切り抜き、閲読以外の目的に使用することを認めることはできないとして、全収容者に交付した雑誌を切り抜いたり、抹消、破損することを禁止しているのである。

原告から願出のあつた資料請求券切り抜き願いについては、以上の理由に加え、同請求券を貼付しなくても通常の郵便請求だけでも資料が送付されることを勘案して、上記禁止の取扱いを変更する必要性がないと判断したものである。かようにして、同請求券の切り抜きが認められない以上、はがきに貼付することも当然認められない。そして、同請求券切り抜き及びはがきへの貼付を認めなかつた理由は右のとおりであるが、原告が願出したのは同請求券の切り抜き及びはがきへの貼付であつて、これを認めないことを、直ちに発信不許可に結びつける原告の主張は失当と言わざるを得ない。

なお、原告は、雑誌の所有権を主張し、請求券の切り抜きが認められるべきであると主張するが、雑誌の交付目的により判断すべきものであつて、所有権の存在とは何ら関係がない。

(三) 昭和六〇年八月九日付け新聞紙の購入、閲読禁止処置について

原告は、同年八月九日、入所の際に任意に提出した「交付願」のうち廃棄同意願を撤回する旨の願箋を提出したので、拘置所長は、廃棄同意願を撤回すると以後の新聞紙の交付はできない旨説明したが応じなかつたため、やむなく右撤回願いを承認した。

拘置所長が、新聞販売店に対し、原告にかかる同年八月九日以降の購入申込分を取消したのは、交付を許可されない以上、新聞紙を購入しても殆ど無意味であること(新聞は毎日閲読してこそ意味があるものである。)を、原告も十分認識していたか、少なくとも十分認識し得たはずであること、それにもかかわらず購入を継続することは原告の経済的負担が重くなるなど、当時の諸般の事情からすれば、原告に対する購入継続の意思確認に対する原告の「官の方でしかるべき処置をすべきだ。」との返答が、購入願いの撤回とみなされるものであり、仮にしからずとしても、少なくとも積極的に購入継続の意思を表示したものではなかつたことから、原告の右意思に沿うべく措置したにすぎないものである。

そして、原告購入の八月八日付けの夕刊紙を原告に交付せずに領置したのは、右夕刊紙が、原告の「廃棄同意願」の撤回願いの承認後のことである同月九日に拘置所長の手元に到達したものであり、廃棄原則に対する同意がなかつたからであるから、原告が右夕刊紙の交付を受けられず閲読できなかつたとしても(廃棄原則の同意がない以上、交付しない理由は前述のとおりである。)、これをもつて拘置所長の処置に違法、不当な点があつたものとは到底いうことができない。

(四) 昭和六〇年八月一二日付け雑誌の閲読禁止処置について

拘置所長が、同年八月一二日、部下職員をして原告に伝えたところのものは、「仮に将来雑誌の購入許可がなされ、当該雑誌が拘置所長の手元に到達したとしても、廃棄原則に対する同意がなされない以上、当然交付不許可になるであろう。」との単なる将来の予想を伝えたにすぎないものである。

原告は、その問題とする雑誌「婦人公論」九月特大号の購入願自体を同月一三日自ら撤回しているのであるから雑誌閲読禁止の問題が生じる余地がない。

第三  証拠〈省略〉

理由

一請求原因1の原告が昭和六〇年五月二五日、京都拘置所に拘禁されたことは、当事者間に争がない。

二本件は、その拘禁中の出来事であるから、それを前提としてまず事実関係につき考察する。

1  原告が京都拘置所入所時に、雑誌及び新聞紙の購入による閲読を希望し、「閲読に支障があると認められた部分は抹消され、又は切り取られてもかまいません。切り取られた部分並びに閲読後の雑誌及び新聞紙は廃棄されてもかまいません。」という文言が印刷された拘置所長宛の交付願なる書面に、署名・指印して提出したこと、これを前提として拘置所長が原告のため、新聞販売店に新聞紙の購入手配の手続をし、配達された同新聞紙を原告に交付・閲読させていたほか、所定の手続を経て雑誌「ザ・ベスト」特別編集盛夏号を原告に交付・閲読させたこと、以上の事実は当事者間に争がない。

原告は、昭和六〇年八月七日朝、同雑誌の領置願をして認められ、特別保管に付して貰つたと主張する。なるほど〈証拠〉によると、収容者に閲読させる図書、新聞紙等取扱規程(以下「新聞紙等取扱規程」という。)により、閲読後に廃棄される雑誌であつても、本人の願い出があり、かつ、所長において適当であると認めるときは、領置の扱いがなされることが明らかである。

そして、〈証拠〉によると、原告主張のとおり右雑誌の領置願が提出されたことは認められるものの、未だ領置の扱いがなされた事実を認めるに足る証拠はないというべく、これに反する原告本人の供述部分は採用できず、他に同主張事実を認めうる証拠はない。

2  次に、原告が同年八月七日、右雑誌の裏表紙に印刷されていたアートRONの資料請求券(幅約八ミリメートル、長さ約一〇ミリメートル)を切り抜き、これをアートネイチャー京都本社宛官製はがきの裏面に貼付して、その発送方を願い出たこと、なお、原告がその際に拘置所長に対し、願箋により右資料請求券の切り抜きとはがきへの貼付をも同時に願い出たこと、以上の事実は当事者間に争がなく、〈証拠〉を総合すると、原告は、右のはがきに資料請求券を貼付したほか、詳細資料パンフレットの送付を依頼する旨記載したこと、ところが、拘置所長は、監獄法三一条一、二項、同施行規則八六条二項、前記新聞紙等取扱規程及び同運用通達の趣旨に鑑み、雑誌は閲読のために交付しているものであつて、それ以外の目的のための利用は適当でないうえ、所内において原告に鬘を許容すべき事由がないことを理由として、同請求券の切り抜き及びはがきへの貼付を不許可とし同各不許可の旨を部下職員を通じて原告に伝えると共に、同不許可の対象となつた該はがきは、発信の許否が決せられる前段階で原告に返戻されたこと、なお、原告が送付を希望した資料は、資料請求券を貼付しなくても、送付して貰えることが認められ、この認定に反する甲第一一号証の記載部分及び原告本人の供述部分は、いずれも採用できず、他に右認定を動かすに足る証拠はない。

3  原告が前項の翌日である同月八日拘置所長に対し、願箋をもつて「入所時に強制されて雑誌等の廃棄を原則とした規制に同意する署名・指印をしたが、本日撤回する。なお、この撤回により雑誌等の購入・閲読を不許可としないように願います。」との趣旨の申入れをしたことは、当事者間に争がなく、〈証拠〉を総合すると、拘置所長は、一般的に新聞紙や雑誌が閲読後、廃棄ないしは殆ど無価値なものとして処理されるのが通常であるのに、これを領置するとすれば、施設の事務手続上及び限られた領置倉庫の収容能力からも支障を来すとの見地に基づき、閲読後の廃棄を原則とし、それに同意する収容者に購入手配をして閲読の機会を与えていたところ、原告が右の同意を撤回する旨の申入れをしたことにより、それらの閲読を許容できなくなるため、田中指導課長を原告に面接させてその旨を説明させ、右撤回を取り下げるよう指導したこと、なお、この面接に上野保安課長も加わつたこと(両課長が原告に面接したことは争がない)、しかし、原告が指導に応じなかつたため、拘置所長は、原告の撤回の申入れを受理すると共に、同日午後四時二〇分頃、部下職員を通じて原告に対し、「新聞、雑誌の廃棄原則の同意を撤回したら、新聞、雑誌の交付はできない。」ことを告知すると共に、「現在購入手続をしている新聞、雑誌はどうするのか。」という趣旨の質問をしたこと、すると、原告は、「官が閲読させないと言うのだから、官の方でしかるべき処置をすべきだ。」と回答したこと、そこで、拘置所長は、原告のため閲読を許さない新聞紙の購入を続けると、原告に無意味な経済的負担を強いることになると考え、新聞販売店に同月九日以降の予約申込分を取消し、取消し不能の同月八日付夕刊紙を原告に交付することなく領置したこと、そして、拘置所長は、同月九日午前一〇時三五分頃、部下職員を通じて原告に対し、改めて右の各措置を告知したこと(この趣旨の告知の点は争がない)、以上の事実を認めることができ、この認定を動かすに足る証拠はない。

4  原告が同月九日朝、雑誌「婦人公論」の購入願を提出したことは、当事者間に争がないところ、〈証拠〉を総合すると、拘置所長としては、新聞紙の場合と同様に原告の廃棄同意がない以上、該雑誌を購入してもこれを閲読のため原告に交付できないところから、部下職員を通じて原告に対し、その旨を説明し、それでも購入願を維持するかどうかの意思確認をしたこと、それに対して原告は、「官が閲読させないというのだから、官の方でしかるべき処置をすべきだ。」という趣旨の回答をしたこと(この趣旨の回答をしたことは争がない)、そこで、拘置所長は、暫くそのまま見合せていたのであるが、同月一二日原告から「新聞の購入・閲読不許可処分は誤つた処遇であり、改めるよう再検討を願う。」との趣旨を含む再検討願と題する願箋が提出されたため、これを契機として再び部下職員を通じて、「雑誌の購入はさせるが、閲読させない。それでもよいのであれば購入申込をするように。」との趣旨を伝えたところ、原告は、翌一三日に「雑誌は読むために購入するのであるが、購入しても閲読させず、領置するという誤つた処遇をするので、購入を取消す。」旨申出たこと、以上の事実を認めることができ、この認定に反する〈証拠〉は措信できず、他に右認定を動かすに足る証拠はない。

三いうまでもなく未決勾留は、刑事訴訟法に基づき、逃走または罪証隠滅の防止を目的として、被疑者または被告人の居住を監獄内に限定するものであるところ、監獄内においては、多数の被拘禁者を収容し、これを集団として管理するにあたり、その秣序を維持し、施設の正常な管理運営を保持するため、これに必要な限度において、被拘禁者の自由に対し、合理的制限を加えることもやむをえないところである。そして、右の制限が必要かつ合理的なものであるかどうかは、制限の必要性の程度と制限される自由の内容、これに加えられる具体的制限の態様との較量のうえに立つて決せられるべきものというべきである(最判昭和四五年九月一六日大法廷判決・民集二四巻一〇号一四一〇頁参照)。

そこで、右の見地から原告の主張に則しながら、順次検討する。

1  まず、原告は拘置所長がはがきの発信不許可処分をしたと主張するのであるが、さきに説示したように、拘置所長は、原告の願い出にかかる資料請求券の雑誌からの切り抜きと、同請求券のはがきへの貼付を不許可としたのにとどまるのであり、これら不許可の帰結として同請求券の貼付されたはがきが、発送されないまま原告に返戻されたという関係にある。しかし、現になされた右の各不許可処分も原告の訴旨に包含されていると善解するのが相当というべきであるから、この点につき判断する。

ところで、原告に対する問題の雑誌の交付は、拘置所長が閲読を許可したことに基づくのであるから、その一部を切り抜いて本件の如くに使用することが、交付の趣旨を逸脱した用法であることは明らかというべきである。かかる場合には、改めて後者の用法につき拘置所長の許可を要すると解するのが相当であり、原告としても同旨の見解に立脚して拘置所長に許可を求めたものと察せられる。しかし、拘置所長がこれを許可しなかつた理由は前認定のとおりで、拘禁されている原告に鬘を許容すべき事由がなかつた点にあるうえ、仮にその資料を必要としたとしても、その入手のために資料請求券の貼付を要しなかつたのであるから、結局のところ原告の前記願い出は、許可すべき必要性に乏しかつたというほかない。

してみれば、拘置所長の前記不許可処分は、合理的制限として肯認するに十分というべく、原告の主張は失当というべきである。

2  次に、原告が主張する新聞紙及び雑誌の閲読禁止処分の点について判断する。

拘置所長は、さきに認定した理由に基づき、新聞紙及び雑誌については閲読後の廃棄を原則とし、これに同意する収容者に閲読の機会を与えているところ、これが新聞紙等取扱規程に依拠するもので、本人の願い出により所長が適当と認めれば領置の扱いもなされることに鑑みるなら、施設の正常な管理運営を保持するために必要不可欠な取扱いというべく、しかもこれが通常いうほどの制約を収容者に課することにならないというべきであるから、この取扱いは必要かつ合理的なものとして、肯認されなければならない。そして、この理は原告にも妥当するというべきである。

そうだとすれば、拘置所長が原告から廃棄原則の同意を撤回する旨の願い出を受理した以後に、原告に対してなした措置(但し、雑誌について閲読禁止処分はなされていないと解される。)は、いずれも正当であつて、原告の非難は筋違いというべきである。

四以上の次第であつて、原告の本訴請求は、その余の点について検討するまでもなく理由がないことに帰するから、これを棄却する。

よつて、訴訟費用の負担につき民訴法八九条を適用のうえ、主文のとおり判決する。

(裁判官石田眞)

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